小さなごちそう

プロダクトマネジメントや日々の徒然について

プロダクトマネージャーに訊く #5:GMOペパボ山本さん(前編)

f:id:tannomizuki:20160610090130j:plain

― まず山本さんご自身について教えて下さい。

GMOペパボ株式会社の山本です。ハンドメイドマーケット『minne(ミンネ)』のプロダクトマネージャーを担当しています。

2003年にまだ社員数が非常に少ない時代のペパボにデザイナーとして入社しました。まだ10人くらいの頃です。当時は主なサービスがレンタルサーバーの『ロリポップ!』ぐらいしかありませんでしたが、それからどんどんサービスが増えていきました。ブログサービスが流行り始めた頃で、ブログサービス『JUGEM』の立ち上げにデザイナーとして関わりました。

ペパボは3社目なんですが、ペパボに入る前は紙媒体のデザインをやっていました。新卒で福岡の印刷会社に入社してデザイナーとして働いて、1年ほどでフリーペーパーやWebサイトを手がけるデザイン会社に転職しました。

当時、趣味の写真をテーマにしたホームページを運営してたんですが、ホームページの掲示板に創業者の家入さんを初めペパボの人たちがコメントしてくれていたんです。それがきっかけで家入さんと家族ぐるみで遊ぶようになりました。前職を辞めた足で人数分のジュースを手土産にペパボのオフィスに行ったんですが、その時に誘ってもらって転がり込むような形でペパボに入ることになりました。今では考えられないような選考ルートですね。その後2004年の本社移転に合わせて、僕も転勤組として東京に移りました。

30days Albumをきっかけにデザイナーからプロダクトマネージャーへ

― もともとデザイナーだった山本さんがプロダクトマネージャーになったのはどういう経緯でしょうか?

2008年に社内で新規事業の公募イベントがあり、個人的に写真を撮るのがとても好きだったこともあって、『30days Album』という写真を共有するウェブサービスを提案して事業化しました。プロダクトマネージャーとしての役割を担うようになったのはその時からです。その後、PaaSの『Sqale(スケール)』というサービスを立ち上げたあと、昨年の9月からminneに携わるようになりました。

― デザイナーから企画側にシフトしていく過程で苦労したことはありますか?

最初は結構苦労しました。30days Albumの立ち上げは3人ぐらいのチームでしたので、自分でデザインしながらエンジニアと一緒にプロダクトの企画や設計をしていました。事業責任者として数字も見ていたので、開発現場のディレクションをしながら数字を管理するという二足のわらじ状態が大変でした。

また、ずっとプロダクト開発に関わってはいましたが、デザイナーとしての経験がベースなので、プログラミングのことはやっぱりわからないんです。なので、エンジニアに「これはできる?」といったやり取りが繰り返し必要で、今振り返るとロスが多かったと思います。実装が難しい突飛なアイデアを押しつけようとしてしまったこともあります。

― 「プログラミングのことがわからない」という弱点をどのように克服したのでしょう?

30days AlbumはRuby on Railsで作っていたので、せめて読めるようになろうと思って独学でRuby on Railsを勉強しました。自分でプログラムを書かかないとしても、エンジニアと会話はできないと信頼関係は生まれません。エンジニアとクロスする領域を増やしたいという思いがありました。

Ruby on Railsチュートリアル』という、Railsを学ぼうとする人が一度は通るチュートリアルサイトがあります。12章まであって結構ハードなんですが、それをとにかく最後までやろうと決めてやりきりました。エンジニアに話したら「あれ本当にやったの?」と驚かれました。

チュートリアルで一通り学んだことで、インターネットサービスがどうやって動くのかというおおよその仕組みがわかったんです。実際のサービスのコードも「こういうことをやろうとしてるんだな」というのが少しずつわかるようになってきました。そうするとエンジニアからも「こいつは話せばそれなりにわかるやつだ」と思ってもらえるようになって、物事がスムーズに進むようになりました。

― やっぱり自分でやってみるって大事ですね。

本当にそう思います。

― 数字を伸ばしていくうえでは、プロダクトだけでなくマーケティングやプロモーションも必要になってきますが、その辺りはどうされていましたか?

30days Albumの時は、なかなかマーケティングにコストをかけられませんでした。ただ写真を誰かと共有したい時に使うサービスなので、写真をアップロードした人が誰かに必ず宣伝をしてくれる構造になっていました。そのサービス構造に助けられて、ほとんどプロモーションせずに一定数のユーザーを常に獲得できていました。

― ユーザーがユーザーを呼ぶ構造は最初から狙っていたんですか?

最初はそこまで考えてはいませんでした。期間限定で写真を共有できたらプライベートな写真でももっとオンライン上でやり取りできるんじゃないか、みたいなアイデアからスタートでしたサービスでした。

ネットにアップされる写真は氷山の一角でしかなくて、水面下に眠っている部分、ローカル保存されている写真をオンラインに引き上げたい、という思い先行で企画したサービスだったので、事業としてどう成立させるかという点は、色々と試行錯誤しました。

― 試行錯誤しながらPMや事業責任者としての振る舞い方を学んでいったんですね。

そうですね。minneに異動する前の部署の上司は、事業責任者としてロールモデルになる人でした。ロジカルに物事を捉えて正論をズバッと言って周囲を納得させたり、ビジネス視点を正しくメンバーに伝えたりする姿を見て、「こういうやり方をすればいいのか」と事業責任者として振る舞い方を学ぶことができました。さらにプログラミングを学んだことで、技術とデザインとビジネスの3つに関してはメンバーと最低限の会話ができるようになりました。

― 元デザイナーとしてつい自分で手を動かしてデザインしてしまう、なんてことはありますか?

いえ、基本的にAdobe製品は起動しないことにしています。30days Albumを始めて2年ぐらい経ったときに、専任のデザイナーをアサインしてもらえたんですが、彼がすごくできる人だったので「この人にお任せすれば僕はデザインをしなくてもPMとしてやりたいことができるな」と思ったんです。自分のデザイナーとしての引き出しにもそろそろ限界を感じていたので、マネジメントにシフトすることに決めてそれ以来デザインは担当者に任せることにしています。

― 自分でデザインしないことについては葛藤はなかったんですか?

そうですね。むしろデザイナーが入ってくれて本当にありがたいなと思っていました。自分一人でデザインしている限り、アウトプットは自分の想像の範囲を超えられません。「こういう課題があるので、もっと良い解決策を考えて欲しい」とデザイナーに依頼すると、僕が考えた解決案を超えるアイデアが出てくるんですね。メンバーが自分の想像や期待を超えるアウトプットを出してくれるのは、自分自身でデザインする以上に楽しい体験です。

minneで作り手個人にスポットライトが当たる場を作りたい

― minneについて教えて下さい。

minneはハンドメイド作家と購入者をつなぐCtoCのマーケットプレイスで、2012年にスタートしました。作家人数は2016年5月の段階で23.3万人、作品点数は2,970,000点という、国内最大のハンドメイドマーケットサービスに成長しています。もともとWeb中心のサービスだったんですが、去年からアプリにシフトしています。

― ユーザーはどんな人達が多いんですか?

ユーザーの9割以上が女性です。趣味でモノづくりをしていた方や、主婦や育児をしている方も、家にいながら活躍できる場としてminneを使っていただいています。モノを作ることが好きな人が世の中にはこんなにいるんだなと実感します。

― 作家の方はminneでどれくらいの収入を得ているんでしょうか。

一番多い方で、月に400万円近く販売している方がいます。

― えっ、すごいですね。

先日テレビでminneをご紹介いただいたんですが、作家さんが2名出演されていて、どちらの方も月に30万ぐらいの売上があるとおっしゃっていました。

材料費などコストがかかる部分はあるので利益率は作家さんによって異なりますが、主婦の方が趣味で作っていた作品が、minne主催のコンテスト「ハンドメイド大賞」で賞を受賞したことをきっかけに、メーカーから声をかけられ、キットが販売される事や、本を出版された作家さんも中にはいらっしゃいます。作家活動のステップアップの場としてもminneを使っていただいています。

― まさに新しい働き方を作っているのですね。

そうですね、個人の作り手に光が当たって活躍できる場になるといいなと思っています。作家さんから「これからは制作を本業にしていきます」という報告をいただくこともあって、すごく嬉しいです。

ユーザーとリアルに接することで、ハズレのないプロダクト改善を実現する

― 山本さんはデザイナー出身で写真が趣味ということで、ハンドメイドの作り手の方の気持ちがよく理解できるのではないでしょうか。

もともとデザイナーなので手を動かすのも好きですし、モノを作って誰かに認められることの楽しさをずっと実感してきたので、作り手の気持ちはよくわかります。

僕はminneの立ち上げメンバーではなく、後からminneチームに異動してプロダクトマネジメントをすることになりました。そうした場合にはサービスの世界観やユーザーにどれだけ共感できるかが重要になると思いますが、自分自身がデザイナーとしてモノを作る仕事をしてきた経験から、「やっぱりこういうサービスは必要だよね」と自然と思うことができました。

― PMとしては主観的な思いと客観性のバランスをとる必要があるかと思いますが、その点は何か工夫をしていることはありますか?

そのプロダクトが好きかどうかというのはPMを務める上での最低条件だと思いますが、自分の思いが強すぎると周りが見えづらくことがあります。僕も何度か失敗を重ね、一歩引いて客観視できてるか、自分の後ろ姿を見ることができているかを意識的に確認するようになりました。

以前別のプロダクトで、自分の強い主張でエンジニアを説得して作ってもらった機能が、思ったほど使われなかったということがありました。やはり思い込みでモノを作ってはいけないなと戒めになった出来事でした。人を巻き込んでうまく行かなかった時の心理的なダメージを思い知りましたね。

今では成功確率を上げるために、リアルな場でのユーザーインタビューなどを通じて自分の仮説が本当に正しいのか客観的に検証してから取り組むようにしています。

― 実際にminneのユーザーさんと接する機会は多いんでしょうか。

はい。東京の世田谷と兵庫県の神戸に、作家さんが気軽に遊びに来れる「minneのアトリエ」があって、minneのスタッフが作家さんとお会いしたり、作家さん同士が交流する場にもなっています。

アトリエでは定期的に勉強会を開催していて、minne上で自分の作品を魅力的に見せる写真の取り方や、紹介文の上手な書き方などを学ぶことができます。「自分の作品をネットで売る」という行為は作家さんにとって最初はハードルが高いので、アトリエではつまづきやすい所を一つ一つフォローしています。作家向け勉強会は、募集をかけると募集枠の何倍もの申込をいただきます。

― 本社から遠い神戸にもアトリエがあるんですね。

はい、神戸市と提携し、デザイン・クリエイティブセンター神戸/KIITOに「minneのアトリエ」を開設しました。神戸市は重点施策として『働き方改革の推進』をおこなっていて、若者が活躍できたり、それぞれの才能を活かして多様な働き方ができる環境作りに力を入れています。神戸で活躍する作家さんが増えるように、さらに現在関西方面で活躍している作家さんに活用頂けるように「minneのアトリエ 神戸」の開設を提案しました。

― ユーザーの声を活かしたサービス改善のサイクルができているのですね。

たくさんの方にご利用いただいていますがもちろん課題もあります。アトリエでは作家さんとお会いしてインタビューしたり、座談会を開いたりもしています。

事前にユーザー課題について仮説を立てて作家さんに投げかけると、「いや、それは全然困ってないです」と言われることもあります。逆に「そうそう、そこが使いづらいです」と全員が共感してくれることもあります。どちらも作家さんから直接聞ける生の声なので、サービスを運営している僕たちにとって大変貴重な意見で気付かされることがたくさんあります。

また、日頃からminneではカスタマーサービスのチームが作家さんの色々な要望を受け取ってくれています。共有された情報を参考に、実際に作家さんに会って話を聞くと「これは確かに改善が求められているな」ということがわかります。サポートのメンバーは電話やメールで直接作家さんと日々接しているので、要望の温度感を一番把握してくれていますね。

f:id:tannomizuki:20160516210637j:plain

チームで共有しているminneユーザーのペルソナ

― アトリエで得られたユーザーの声を活かした改善例を教えてもらえますか?

minneは作品の並び替えが大変だと以前からユーザーさんの声がありました。僕らもそれをなんとかしたいと思っていたんですが、大量の作品リスト上の作品をドラッグ&ドロップで自由に並び替えるような機能は実装コストが高くてなかなか着手できませんでした。そこで「ユーザーが本当に困っていることは何なのか」ということに立ち戻って考えることにしました。

実際にアトリエに作家さんにお越しいただいて、どういう時に並び替えができないと困るのか聞いてみたところ、実はそこまで高機能なものは求められていないことがわかりました。例えば、「去年販売した季節物のアクセサリーを同じシーズンになった時にもう一度作品リストの手前に持ってきたい」とか「多くの作品を出品していると10回くらいクリックし続けないと先頭に持ってこれない」「一旦売り切れてしまったオーダー作品は一番後ろに持ってきたい」という声を実際に聞くことができました。

作品を自由に並び替えたいのではなく、先頭や一番後ろに移動させたいだけなのにすごい数のクリック操作を強いられることがストレスになっていることがわかり、適正なコストで必要十分な機能改善を行うことができました。

― プロダクトの改善はユーザーの声を元にすることが多いんでしょうか?

長期的なビジョンの実現や半期ごとの方針に沿った開発もあれば、短期的な改善効果を期待する開発もあります。新機能開発も既存機能の改善も、最終的にはサービスの成長にどうつながるかという観点で企画します。

▼ 後編に続く