小さなごちそう

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プロダクトマネジメントや日々の徒然について

日本でフリクションレス・ペイメントを実現するにはどうすれば良いのか

このところ「お金を支払う」という行為をどうすれば簡便にできるのか、ということをいつも考えている。Apple WatchでApple Payを使うようになってから財布を持ち歩かなくなった。iDかSuicaが使えるところを選んで買い物をする。店員に「iDで」と伝えてApple Watchのボタンをダブルプッシュし、カードリーダーにかざせば支払い完了だ。ポケットから財布を出し、小銭を数えて手渡し、お釣りを受け取る、という現金での支払い方法と比べると格段に手間が少ない。Apple Payに慣れると、財布を持ち歩くのも面倒だし、クレジットカードを財布から出すという行為すら手間に感じる。

それまでは特にペインを感じていなかったが、一度キャッシュレスの便利さを体験してしまうと、以前の状況には戻れなくなる。iPhoneのTouch IDに慣れるとパスコード入力が面倒でたまらなくなるし、Face IDに慣れればボタンをタッチする事すら面倒になる。こうした欲求とその実現の間にある行為を極限まで無くすユーザ体験の進化は、一度慣れてしまうと以前の状態に戻ることがペインになる。

ただ残念ながら日本ではこうしたキャッシュレスな支払い体験ができる場が限定されている。飲食店や地元のスーパーなどキャッシュオンリーの所に行く時は現金をポケットに入れて行くようにしている。WeChatやアリペイを使えば露店ですらキャッシュレスで決済できる中国が羨ましい。

日本では都心ですら飲食店のクレカ決済導入率は40%程度だという。AirPayや楽天Payなどのサービスを利用すれば安価な導入コストでクレカ決済や電子マネー決済を導入できる。ただ、導入申し込みをしたが審査が通らなかった、というケースもあれば、そもそも決済手数料(3.25%〜)を支払いたくない、キャッシュフロー上支払いサイトが遅いと困る、といった店側の都合もある。過去の中国がそうであったような「偽札が多いからキャッシュレスの方が安心だ」といった事情もない。クレカ決済導入には、持ち合わせが少ない来店者を逃す機会損失が減る、顧客単価が上がる、精算を簡略化できる、といったメリットがあると言われているが、高単価商品がなかったり利益率が低い店舗にとってはクレカ決済導入の後押しにはなりにくい。つまり販売側にとってキャッシレス化を進める強い動機を作らないと、キャッシュレスのカバー率は上がらない。取引実績に応じた融資(トランザクションレンディング)を提供する決済代行事業者も多いが、小規模事業者にとって実際どれくらい強い導入動機になるのだろうか。導入動機を作るという観点でうまい仕組みだなと感じたのはOrigami Payだ。Origami Payでは決済とロイヤリティプログラムがセットになっている。導入店舗から過去に購入した顧客のスマホに割引クーポン券を配布できる。このCRM機能の活用が来店頻度の向上に繋がるという。キャッシュレス決済だけでなく、何種類ものポイントカードを持ち歩かなければならない、というロイヤリティプログラム乱立による消費者のペインも同時に解消している。(そういえば自分は財布を持ち歩かなくなったのと同時に、各種ポイントカードを破棄してしまった)

WeChatやアリペイを使えば店舗での支払いだけでなく個人間の送金もできる。米国ではPaypalやVenmoを使えば同様に個人間送金が可能だ。日本では店舗決裁のキャッシュレス化以上に、個人間送金のキャッシュレス化が進んでいない。日本でも例えばLINE PayやYahoo!マネーを使えばユーザー間で送金できる。だがそのための事前手続きとしてオンラインバンキング口座による本人確認(KYC/Know Your Customer)のプロセスが必要だ。この敷居が高い。利用している銀行が対応外だったり、対応銀行であってもオンラインバンキングの2要素認証にサービス側が対応していなかったりする。KyashやPaymoなどのKYCが不要のサービスもあるが、用途に制限がある。要は事業者には資金移動業の登録、ユーザーは本人確認の実施が必要で、技術的な制約といよりも法律上の制約で簡単には個人間送金を実現できない。

日本では「AからBにお金を移す」という行為において、手間や手数料という摩擦が生じる。この摩擦、フリクションを販売側からも購入側からも限界まで減らすにはどうすればいいのか。フリクションレスなペイメントをどうすれば実現して、広く普及させられるのだろうか。

ビットコインなどの暗号通貨を決済や個人間送金に使うのはどうか。暗号通貨ならウォレット間で第三者を介することなく送金が可能だ。導入審査も存在しない。ただ円を暗号通貨に交換するためには、やはり取引所で本人確認をを行って口座開設しなければならない。価格変動が大きいこともあり、投機的な値上がり期待でホールドしてしまうし、現状の税制では決済時に値上がり分に対して課税されてしまうこともあり、日常的な支払いに利用しづらい。その点、NEMは利用者にマイニング報酬の一部を還元するインセンティブプログラムがあり、ホールドするのではなく積極的に利用させる設計を内在させている点が面白い。アリペイの余額宝で利子がつくように一定量のXEMを保持しているとXEMが増える、XEMで取引すればさらに報酬の分配率が高くなる。

なお取引所を開設する事業者は金融庁に登録が必要で、さらには立ち入り検査を求められる。また取引所で取引できる暗号通貨は、金融庁のホワイトリストに登録されたものに限られる。Ethereumを使えば簡単に独自の暗号通貨(トークン)を発行できるのだが、ホワイトリストに登録されなければ日本の取引所で取り扱ってもらうことができない。技術的にはインターネット越しにお金(価値)をやりとりする仕組みが確立しているのだが、やはり法律の制約で簡単には実現できない。利用者保護やマネーロンダリング防止のために法律は必要だが、新しい産業の発展という観点からすると規制緩和が望まれる。主体者の存在なしに暗号通貨の取引が可能な分散型取引所(DEX/Decentralized Exchange)の開発も進んでいるが、交換可能なのはトークン同士で法定通貨-トークン間の交換はできない。暗号通貨と法定通貨をCtoCで直接交換できるOTC取引の仕組みは、現行法では仮想通貨交換業に相当するのだろうか?

などど様々な観点で日本のフリクションレス・ペイメントの実現可能性について考えていると、手詰まり感を感じてしまう。現状の制約についてばかり考えていると堂々巡りになるので理想から逆算して考えてみる。

  1. 一定金額以下であれば本人確認無しで利用開始でき、スマホだけで支払いができる
  2. クレジットカードやコンビニで簡単にチャージできる
  3. 販売者に必要なものはスマホもしくはタブレットのみで導入時に審査不要
  4. 決済手数料/支払い手数料が安い
  5. 1円単位のマイクロペイメントが可能
  6. 個人間の送金ができる
  7. ネット上の決済に利用できる
  8. 単一企業のサービスの境界を越えて利用できる
  9. 販売者と消費者を繋ぐロイヤリティプログラムを備える
  10. トランザクションログは匿名化して企業がマーケティングに利用できる

もし仮に上記のような要件を満たすペイメント・インフラが実現できたら、その上でどんなアプリケーションを作れるだろうか。ブロガーやYouTuberという新しい職業が生まれたように、これまで存在しなかった職業が生まれるだろうか。