小さなごちそう

プロダクトマネジメントや日々の徒然について

「ペルソナ」を捨てて、JTBD(Jobs-To-Be-Done)モデルでターゲット顧客を定義せよ

まずはこんな逸話から。

あるファストフード企業がミルクシェイクの売上を改善したいと思った。
ミルクシェイクの購入者属性を整理し、同一の属性を持つ人を対象に、重めがいいか軽めがいいか、フルーツ味かチョコレート味か、など、どんなミルクシェイクが理想的か尋ねた。調査はうまく進み、特定したターゲットの好みをもとに製品を改善したが、売上は全く改善しなかった。

そこで別のチームが再び調査を行った。調査チームは店舗で来客を一日中観察した。すると早朝にミルクシェイクを買う客が多いことに気がついた。早朝の購入者になぜミルクシェイクを買ったかを尋ねると、

  • 長い車通勤の間に片手で手間なく飲める
  • 一気に飲めないので暇つぶしになる
  • 腹持ちが良い

といった理由だとわかった。

この調査結果をもとに製品開発を再度行ったところ売上を改善することができた。

 最初の従来型のマーケティングリサーチではWhat(どんなミルクシェイクが欲しいか)を調査したが、次の調査ではエスノグラフィー的手法でWhy(なぜミルクシェイクを買うのか)を特定できた、ということだろう。

実はこれ、クリステンセン教授の「イノベーションへの解」で紹介されている話だ。日本では2003年に発売されている。 

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)

 

 クリステンセン教授は、この「購入する理由」を “Jobs To Be Done”(片付けたい仕事)、「購入すること」を”Hire”(雇う)という言葉で表現している。

「午後まで腹をもたせたい」というのが「片付けたい仕事」であり、そのために「雇った」のが「ミルクシェイク」、というわけだ。

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。(ヘンリー・フォード)」ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である(セオドア・レビット)」という顧客ニーズに関する名言がある。ミルクシェイクの例はこれと同様の話だが、"Jobs-To-Be-Done"という名前がついたことでより理解しやすくなった。

このJTBDモデル(Jobs To Be Doneモデル)は海外のスタートアップでは一般的に使われているようで、#jtbdのハッシュタグTwitterを検索すると関連するツイートがたくさん出てくる。

 Mediumにも関連記事が多い。

個人的にはこのJTBDモデルは、ペルソナやユーザーストーリーよりも明確にターゲットを定義できるツールだと感じる。

だいぶ前にペルソナは消費者インサイトを軸に記述すべきだ、というブログを書いたが、JTBDモデルはまさにインサイトをベースにしたターゲット記述方法になっている。


実は以前に「イノベーションへの解」を読んだ時は、このJTBDモデルについてはまったく心に残らなかった。JTBDモデルについて、「イノベーションへの解 実践編」の翻訳者の栗原さんは、ブログで次のように書いている。

イノベーションへの解」におけるクリステンセンの説明自体がちょっとわかりにくいのと、jobs-to-be-doneを「用事」と訳してしまったために、ますますこの概念がわかりにくくなっているかと思いますが、言っていることはきわめて当たり前かつ重要なことです。

(略)

「用事」モデルと聞いても一瞬何のことだかわかりませんので、普及させるためにはもう少しキャッチーでわかりやすい言葉を考え出す必要があると思います。

【「イノべーションへの解 実践編」発売記念特集(4)】「用事」(ジョブ)モデル:栗原潔のテクノロジー時評Ver2:ITmedia オルタナティブ・ブログ

確かに訳語の問題も大きいと思うが、僕にとって「クリステンセン=経営戦略/競争戦略」というイメージがあり、「プロダクト開発の現場で使えるツールを提供してくる人ではない」というバイアスを持ってこの本を読んでいたためだと思う。

クリステンセン教授の講義をYouTubeで見てみると、かなり平易な説明の仕方をしていて理解しやすく、印象が変わった。


いずれにしても「用事モデル」はキャッチーではない。ちょっと前に話題になったビジネスモデル・ジェネレーションでは「用事」ではなく「JTBD」という言葉を訳さずそのまま使われているようなので、僕もJTBDモデルという言葉を使おうと思う。

【追記 2017/08/15】

JTBD(ジョブ理論)を主題としたクリステンセン教授の本が発売されました。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

 

 

 

iOS7は従来のフラットデザインの問題点を解決している

iOS7のフラットデザインは賛否両論だが、動画でみると全然印象が違う。
実に素晴らしい。Retinaと同じで一度触ったら戻れなくなりそうだ。

 
Apple iOS 7 - WWDC Video Demo (with John Ive ...

WWDC Keynoteでこのビデオが流れた後のティム・クック氏のドヤ顔(81分14秒あたり)もうなずける。

こちらの記事ではiOS7のアイコンをリデザインしなおした例が掲載されている。オリジナルに比べてボックスの内側に配置されたアイコンが小さく、コントラストがはっきりしている。

iOS 7のアイコンがさっそくリデザインされて超クールに! こっちの方がいい | NANOKAMO BLOG

静的なキャプチャだけみるとリデザインされたものの方がマッチしているように見えるが、恐らく実機でみた場合はオリジナルのほうがしっくりくると思う。

 

フラットデザインはデザインの主流トレンドになりつつあるが、操作要素を判別しにくいなどの問題点も指摘されている。

フラットデザイン入門: その利点と注意点と主なテクニック | freshtrax | btrax スタッフブログ

ユーザビリティー低下の可能性

立体的要素が少ないため、視覚的ヒエラルキーを作りにくくなり、場合によっては情報が見つけにくいインターフェイスになり、ユーザビリティーに対して弊害が出てしまう可能性がある。またクリック出来るボタンがボタンに見えないケースも多発しており、ユーザーがどこを触って良いか迷ってしまう原因にもなりかねない。従って、フラットなUIにする場合は、情報のレイアウトやユーザーの導線に関しては最新の注意を払う必要がある。

Shunter • [和訳] フラットピクセルズ ~ フラットデザインとスキュアモーフィズムの戦い ~

フラットデザインの限界

ユーザは多くのかすかな手がかりを便りに、インターフェースを使おうとします。ボタンはなだらかなグラデーションと角丸を持ち、フォームは柔らかなインナーシャドーを持ちます。そしてナビゲーションバーは残りの内容の上に浮いています。

これらの全ての手がかりを捨てると、あなたは潜在的に混乱を引き起こすような、すべての要素が突然同じ高さに配置された、フラットな世界と共に朽ちるでしょう。これはボタンなの?それともただのバナー?これをタップしたら何か起こるの?

iOS7はこうしたフラットデザインの問題点を完璧に解決している。Appleフラットデザインは二次元ではなく、奥行き(3D)と時間軸での変化(4D)という四次元になっている。この2軸を追加することで、操作要素が埋没するといった問題の発生を回避している。

いったいどうやったらこういう発想ができるんだろう。

UXデザインではペルソナの「属性」と「行動」だけでなく「インサイト(心理)」に踏み込むべき

UXデザインにおいては、ターゲットユーザーを定義し「ペルソナ」としてモデル化することを重要視する。

例えばこのような感じだ。

山田太郎 男性 34歳 既婚者 
・大手IT企業勤務 
・仕事上の付き合いが多い
・出張で遠出する機会が多い
日経新聞を読んでいる
スマートフォンを利用している。

個人的にはこの「ペルソナ」が役に立っている気がしなくて、どうも作業的に作って終わりとなるケースが多いように思う。

ペルソナを作ってみたものの、チーム全員のターゲット認識がぴったり合っているように感じなかったり、ペルソナから具体的に製品のあるべき姿を導きにくいと感じていたりする。

理由を改めて考えてみると、ペルソナ作成時に整理するのが、ターゲットの属性や行動特性にとどまっており、心理特性(インサイト)に踏み込んでいないことが原因ではないかと気がついた。

インサイトとはいわゆるターゲットの「ホンネ」である。ターゲットインサイトの導出は、マーケティングや広告クリエイティブの分野では頻繁に使われる手法だ。

インサイトは「カテゴリ・インサイト」と「ライフスタイル・インサイト」の二つに大別できる。

カテゴリインサイトは作ろうとしている製品カテゴリ全般に対するターゲットのホンネ、ライフスタイルインサイトはカテゴリ周辺をとりまく事象に対するターゲットのホンネである。

例として、グループウェア製品のインサイトを考えてみる。

グループウェアに対するカテゴリ・インサイト
・新しいツールを導入するのは面倒だ
・会社のみんなが使い方をおぼえてくれるだろうか
・ちゃんとチームに定着するだろうか
・個人的に使っているツールが既にあり、共通のツールを強要されるのは嫌だ。

グループウェアに関連するライフスタイル・インサイト
・仕事は早く終わらせて帰りたい
・ノウハウはできるだけ自分だけのものにして差を付けたい
・成果を出して昇進したい。そのためなら残業もいとわない。
・仕事とプライベートはしっかりわけたい。

ライフスタイル・インサイトとしては、「グループウェア」というカテゴリに関連の深そうなものとして「仕事」を選んでインサイトをあげた。なお、上記は特定のターゲット像のインサイトとしてではなく、思いつくままあげたみたものだ。実際には洗い出したインサイトを分類して整理する作業が必要になる。

このように、属性・行動にとどめず、心の中(ホンネ=インサイト)に踏み込んで言語化することで、ユーザーモデルがより生き生きとし、チーム内でターゲット像の共通認識を持ちやすくなるのではないかと思うがどうだろうか。

UIとUXを併記するのはやめた方がよいのではないか

 「UI とUX の違い」の議論にはいつも違和感を感じる。写真によるこの説明も、なんとなくわかったようなわからないようなモヤモヤとした気持ちになる。

こういう時は用語の定義を明確にすると自ずと結論に導かれることが多い。

ユーザーエクスペリエンス – 私たちの定義

「ユーザーエクスペリエンス」は、エンドユーザーと、企業およびそのサービスや製品との相互作用について、あらゆる面を対象として含みます。典型的なユーザーエクスペリエンスの第一要件は、イライラや面倒なしに、顧客のニーズを正確に満たすことです。その次の要件として、製品に所有する喜びや使用する喜びをもたらす簡潔さと気品が求められます。真のユーザーエクスペリエンスは、単に顧客が欲しいと言ったものを提供したり、顧客が期待した機能を提供したりするだけには留まりません。企業が高い質のユーザーエクスペリエンスを実現するためには、多くの専門分野、たとえばエンジニアリング、マーケティンググラフィックデザイン、工業デザイン、インターフェースデザインなど、をシームレスに統合することが必要です。

ニールセン/ノーマンによるユーザーエクスペリエンスの定義 — Website Usability Info

ユーザに対する情報の表示様式や、ユーザのデータ入力方式を規定する、コンピュータシステムの「操作感」。 

ユーザインターフェースとは【user interface】(UI) - 意味/解説/説明/定義 : IT用語辞典


こうしてUIとUXの定義を並べてみると、本来違いを比較すべき対象ではないことがわかる。UXの良し悪しを決定するのはUIだけではない。例えば機能性も良いUXを実現するための重要な要素だ。例えば旅先で目の前の景色を写真に撮ってSNSでシェアしたいと思ったとする。この時SNSがモバイルで写真をアップする「機能」を提供していなければ、そのユーザーにとって「悪いUX」のサービスだ。UIはUXを構成する一つの要素でしかない。

 本来レイヤーの異なる概念にも関わらず、「UI/UXデザイン」といったようにUIとUXが併記されることが多いのがそもそも混乱の原因ではないか。   

J・ニールセンとD・ノーマンが高い質のUX実現には「エンジニアリング、マーケティンググラフィックデザイン、工業デザイン、インターフェースデザインなど、をシームレスに統合することが必要」と書いているように、UIデザイン(インターフェースデザイン)はUXを構成する一つの要素に過ぎないのだから、UI/UXと併記するのはやはり不自然に感じる。 

UXは製品開発におけるすべてのプロセスに関わる概念だ。「UI/UX」のようにUIデザインにだけに関係するものと誤解させるような書き方は、そろそろやめた方がいいのではないか。